私のすきな言葉・座右の銘

1 マハトマガンジー 恐怖心によって人は身動きがとれなくなる。そして、1歩でも後ずさりすれば、恐怖は臆病へと変わってしまう。「世界中のすべての瞳から、すべての涙をぬぐいさりたい。
2 カナダのある詩人 無知な人ほど人を軽蔑する。知恵のある人は包容力をもつものだ
3 欧州統合の父の1人ジャン・モネ 我々が困難に遭遇するのは、さらに前進するためだ
4 ドフトエフスキー この世の多くの不幸は、誤解と説明不足から起こった。言葉が足りないのは、ことを害するものである。
5 エレノア・大統領夫人 人間は、誠実に、また勇敢に生きていけば、人生のさまざまな経験が糧となり、成長していくことができます。人格はこのように形成されていくのです。
6 ケニアのマータイ博士 これから”何かを変えたい”と思うのであれば、まず”自分自身”から変えなければならない。そして、自分自身が先頭に立って変えなければいけない
7 ヘレンケラー 人間を変えるのは、環境ではなく人間自身の内なる力なのです。・何が起こっても何度失敗してもいいから、また始めることです。
8 マンデラ大統領 人は大いなる山を登り終えると、そこに見出すことでしょう。さらに登るべき多くの山が待っていることを。
9 幕末の思想家 佐久間象山の一詩 謗るものは汝の謗るに任せ/嗤う者は汝の嗤うに任す。天公本我を知る。他人の知るを覚(もと)めず。
10 マハトマガンジ 弱い者ほど相手を許すことができない。許すということは、強さの証だ。・より多くの経験を積むほど、人間の幸・不幸は、すべて自分自身が作り上げたものと気付く。

11 インドのラダクリシュナン博士 戦いなくして成長はない。厳しい逆境があって初めて最高の力を出すことができる。勇気のある人は、前進を止めない。
12 インドネシアの国民作家プラムディア 前進を続けよ、さらに前進せよ、些細な私的な感傷に煩わされてはならぬ。お前は河を渡り始めたのだ。渡り始めたからには対岸にたどり着かなくてはならない。
13 山岡鉄舟 晴れてよし。曇りてもよし、不二の山、元の姿は変わらざりけり。
14 ブラジルの天文学者モウラン 自分の1番輝く時を待って、その出番の時にしっかりと輝く、そして次の者や後輩が来たらしっかりと輝かせていく、これが宇宙の方程式なのです。
15 アメリカのジャーナリストのノーマン・カズンズ氏 我々が恐れなくてはならない牢獄があるとすれば、それは結局のところ我々の無気力と優柔不断だけである
16 マンデラ大統領 変わるべき時に、私自身が変われないなら、人々に変化を求められません。
17 哲学者スピノザ 心の強さには二つある。勇気と寛容だ。勇気とは己心の衝動を抑えて、方向を転ずる能力。寛容とは人々を助け、友情の絆によって結びつこうとする努力
18 元国連事務次長明石 康  調停者は雄弁である必要はない。滔々と捲し立てるよりも、まずは、グッド・リスナーであるべきだ。
19 ローマの鉄人セネカ 早く死ぬか、遅く死ぬかには、何の意味もありません。大事なのは善く死ぬか、悪く死ぬかということだけです。
20 エレノア・ルーズベルト 人間の成長は、責任を果たすことなしには、あり得ない。

21 マハトマガンジ 心からの祈りによって成し遂げられないものは、この世界にはない。未来は今、我々が何をなすかにかかっている。男らしさとは戦うことにある。
22 ルソー 心を開かなければ、相手の心はいつまでも閉ざされている。
23 ラテン語の格言 人間誰しも過ちをおかす。しかし、愚か者のみが過ちを繰り返す。
24 ダイナマイトを発明 巨万の富を築いたノーベル 遺産を相続させることはできるが、幸福は相続できない。
25 ガーナ エンクルマ初代大統領 いかに手ごわい勢力であろうと、団結した民衆に打ち破れないものはない。
26 中国が世界に誇る京劇 舞台での3分間の演技は、舞台裏の3年間の努力に支えられる。
27 キング博士 我々には威厳があった。なぜなら我々は、自分の運動が正しいことを知っていたからだ。
28 釈尊 病の人に仕えることは、仏に仕えることと同じである、と教えていた。
29 ライサ夫人 「死」を迎えるのは「疲れた人間」ではなく「歩みを止めた人間」なのです。
30 トルストイ 使命を自覚しない人の人生は苦しみの連続である。使命に生きる人の人生は、増え続ける幸福の連続である。人に会う時、どう相手に奉仕できるか、考えよ

31 カント 油断や慢心、堕落やエゴといった「内なる悪」を厳しく戒めていくことだ。傲慢な人間は必ず見抜かれ、ついには、だれからも相手にされなくなる」
32 ドイツの哲人ショーペンハウアー 障害と戦い、これに打ち勝つことが人を幸せにする。
33 アメリカの経済学者サロー博士 実業家として最も大事なことは、自分自身を作り変え続けることができるか、ということである。 
34 タイの作家シーブー、ラパー 息をしていることが生きている証拠なのではない。知恵を働かせて社会に功績を残し、尽くす人こそ、生きている人である。
35 江戸時代中期の碩学である佐藤一斎 春風を以て人に接し、秋霜を以て自ら慎む
36 アメリカの女性ジャーナリスト ドロシー・ディ 難しそうに見える仕事こそ、立派にやり遂げる価値があるというものです。
37 チャップリン 必要なのは、人間性「頭のよさよりも親切と思いやり」この心を育てることこそ私たちの役目である。・なんだって熱意がなければできやしない。
38 香峰子夫人 愚痴というのは、いまさら言っても仕方がないこと。「言わない」と割り切ってしまえばたいしたことではなくなる。
39 桃李言ず、下自ら徯を成す とうりものいわず した おのずからこみちをなす
桃やスモモは自分から物を言うわけではないが、美しい花や実があるから、自然と人が集まり、その下に小道ができる。同じように福徳ある人には、自然に人が慕ってくる。自分を磨いていけば、友達はいくらでもできる。
40 マハトマガンジ 現実の問題を考慮に入れず、問題の解決に役立たない宗教は宗教ではない。

41 古代ローマ哲学者キケロ 人生から友情を取り去るのは、この世界から太陽を取り去るようなもの
42 イギリスの歴史家カーライル 誠実それは一切の根本である。
43 ビクトル・ユゴー 希望のあるところ、平和がある。
44 マハトマガンジ 世界で最も偉大な人は、常に一人立つ。数の力は臆病者が喜ぶところである。勇敢な人は、1人闘うことを誇りとする。
45 アルゼンチン 民衆詩人エルナンデス 厳しい苦難の中で私は男になった。危難にあっても、さぁ来い、と私の心は更に大きくなる。
46 アイダホ大学のガイヤ名誉教授 真の勇気なくして思想や文化の差異を持つ人々との交流はできません。この勇気こそが平和を開き、築くための源となるのです。
47 チャップリン 人生はクローズアップで見れば悲劇。ロングショットで見れば喜劇とある。その時はつらく思えても長い目で見れば、楽しい思い出になる。両親の離婚で養護施設を転々とし、度重なる苦境を勝ち超えた喜劇王の確信だ。
48 「ホームレス農園」の著者小島(おじま)希世子 モットーは、できるか、できないか、ではなく、やるか、やらないか
49 釈尊の遺言 僧は葬送儀礼にはかかわらない。このことは仏教の伝統であった。
50 菅原道真 こち吹かば匂い起こせよ梅の花、とうりゃんせ、左遷されたからこそ、今だに名が残っている。

51 フィリピンのフリバルド知事  8期も務めたが貧乏でヤシの葉で作った家に住んでいた。民衆のために歩きに歩いた。住民は彼が死んだあとでも彼に投票したいと。
52 孫文 いざ出陣の際、床がぬけてしまった。何とめでたいことだ。敵を踏み潰す前触れではないか。
53 ノーベル平和賞受賞者であるアメリカの黒人解放の指導者マーチン・ルーサー・キング博士と奥さんのコレッタ・キング 活動が激しくなり家に爆弾を投げ込まれ子供とともに殺されそうになった。しかし、一歩も退かなかった。勇気のある人は、恐れに真正面から立ち向かうことによって、恐れに打ち勝つことができる。臆病な人は、恐れを直視できないから、逆に恐れに打ち負かされてしまう。私たちは押し寄せてくる恐れの洪水を阻止するだけの勇気という名の堤防をたえず築き続けなければならない。
54 アメリカの黒人姉妹セイディさんとベッシーさん 黒人であるゆえに、幼い頃からずいぶんいじめられた。二人は決めた。白人と同じ能力では認めてくれない。それ以上の力をつけて認めさせよう。そのために努力また努力を重ねました。姉のセイディさんは黒人として初めてニューヨークの公立高校の教師になりました。妹のベッシーさんはニューヨークで2番目の黒人女性歯科医になりました。現役引退後も広布の活動を続けました。大事なことは自分は女王なのだと決めれば、そういう誇り高き人生になる。
55 長生きする秘訣について姉のセイディさんは、朝 目を開けて一番にすることは笑顔を作ることです。妹のベッシーさんは、姉と私は、まだこの世に生きている。今まで私たちにつらく当たった人たちは皆死んで灰になってしまった。ですから、こちらの勝ちですね。それが正義というものなんです。彼らはお墓の中でくやしがっていることでしょう
56 マハトマガンジ 世界の最強の武器は、銃でもなく、爆弾でもなく、誠実さと非暴力である。
57 ビクトルユゴー 長男は生後3カ月で病死、次男・3男も病死でユゴーより先に亡くなった。長女は幸せな血行をしたが、7カ月後、事故にあい二人共死亡、次女は発狂、ユゴーの兄も発狂。ユゴーは亡くなる3日前に愛するとは、行動することである。と
58 黨 寿平(トウジュヘイ)画伯 竹は「まっすぐ」ということが素晴らしい、そして「しなやか」でありながらものすごく「芯が強い」。人間が動物と違うのは生きるための哲学をもち、道徳と深い人格を必要とすることです。それを竹はおしえてくれます。伸びよ竹の如く、耐えよ松の如く。
59 松は万年の齢を持つ故に、枝を曲げられる。松の枝は複雑に曲がりくねっています。それは外部の圧力を受けても受けても頑強に抵抗し強く生き延びていく姿であり最も迫力ある形態である。竹の節を1つ割りぬれば余の節もまた破るるが如し
60 トルストイ 勝負の決しがたい場合には、常に根気の強い方が勝利者

61 不撓不屈の宰相チャーチル 我々は、これまで何が起ころうともたじろがなかった。今後も断じてたじろがないであろう。さらば相共に嵐の真っ只中に身を躍らせ嵐の中を行こうではないか。
62 ホイットマン さぁ出発しよう。悪戦苦闘を突き抜けて、決められた決勝点は取り消すことができないのだ。
63 イギリスの詩人ブレイク 私の骨のまわりに凍り付くこの重い鎖を破れ。1自己本位の鎖を破れ2見栄ばかりの鎖を破れ
64 サン・テグジュペリ(フランス)救いは、一歩踏み出すことだ。さらにもう一歩。そしてたえず同じ一歩を繰り返すことだ。・真のぜいたくというものは、ただ1つしかない。それは人間関係のぜいたくだ。他者とのつながりこそ生きがいとなり幸福となろう
65 オーストラリアの著名な看護婦エリザベス・ケニー 小児麻痺の治療に従事 たった1日でもライオンでありたい。一生羊でいるよりまましだ。
66 スイスの思想家ヒルティ よい知恵や立派な思想は、すべて苦難に鍛えられて、生れてくる。苦しみは人間を強くするか、それともうち砕くかである。
67 キリスト教思想家、文学者内村鑑三 人間は、放っておくと、小さく小さく固まろうとするものだ。
68 ラニョ・アラン 友情を支えるものは、尊敬と信頼の念であり、どこまでも友を裏切らぬ誠実さである。
69 やなだ政綱 今川義元の本陣桶狭間にて人馬を休めり。今川軍が二手に分かれて陣取り、いずれも地域住民に食事を用意させたが、一方は粗食、もう一方は豪華だった。この報告を受けた信長は食事が豪華な陣営に義元がいると判断し、奇襲に成功した。信長はこの家臣が情報を収集できたのは、普段から地域に溶け込み住民から愛されていたためだと。
70 I先生 人間同士の「違い」を「カベ」と受け止めるか、それとも「個性」として受け入れていくか。「差異」は、素晴らしいことであり、異なっていてこそ、全体として大きな力が生まれる。・包容力 小さなことで人を責めたり、いちいち騒ぎ立てたり、そういう心の狭い人は、皆を疲れさせるし、怖がらせる。リーダーは怖がらせてはいけない、疲れさせてはならない。

71 エレノア・ルーズベルト 夫のフランクリン・ルーズベルト大統領が病にかかり両足が不自由になると、夫以上に支持者や国民のために行動していった。母として子供たちを育て上げている。エレノアは言った。多くの女性にとって人のために行動することは決して重荷ではないのです。なぜならば、それこそが人生を生き甲斐のあるものにするからです。また、真に人を想い人の成長を願う心から発した行動であれば必ず温かな協力が得られ、やがて共に力を合わせて実りある結果をもたらしていけるのです。なぜなら強制ではなく自発の行動であるからです。
72 香峰子夫人 宿命の転換とは、階段を1歩1歩上りだけでなく、断崖絶壁に立たされて、これ以上もう1歩も引かない。と決めた時こそ、できるものではないでしょうか
73 カーネギー(アメリカの鉄鋼王) 人間関係の悩みから解放される第1歩は、他人のせいにしない。原因は自分にある。自分を変えること。自分自身を見つめ直すことである。全部自分で決まるんだ。自分が強くなるんだと決意することだ。それもしないで、愚痴を言っているだけなら、あまりにかっこ悪い。先生が悪い。親が悪い。友達が悪い。人のせいにするなんて、かっこ悪い生き方だ。
74 ナポレオン 環境がなんだって?環境は私自身が作るものだ。環境のせいにしないで、自分が満足できる環境を自分で作ろう。どんな状況でも俺の仕事はこれなんだ。と一生懸命になって汗を流していくことだ。
75 名物にうまいものなし 観光客は買っていくが地元の人たちは全然食べていないとの皮肉です。地元の人は珍しいだけでは買いません。そんな人たちが日常的に買ってくれなければ本当の名物とは言えません。
76 新 将命(アタラシマサミ) 生き残るのは、最も強い者でもなく最も賢い者でもない。変化に最も迅速に対応できる者である。
77 三上 延(ミカミエン)作家 あんなことを言わなければよかったと思うような後悔・失敗。そもそも失敗は、克服するものではありません。ずっと心の中に残ってしまうものです。だから失敗を誤魔化さずに忘れずに教訓として心に刻むことが大切です。そうすれば同じ過ちを繰り返すことも減るのではないでしょうか
78 マハトマガンジ 教育とは模範を示すこと。言っている人間が模範を示せ。ガンジーは自分がやっていないことを人々には要求しなかった。デモのときも自分が先頭に立った。いつも一番大変な所に行った。実はここに非暴力の真髄がある。まず自分を革命する。それを通して相手の心を変革する。これである。
79 デカルト 高慢な人間は、他の人々を卑しめることに躍起になる。また自分の欲望の奴隷となって絶えず憎しみ、羨み、執着、怒りによって掻き立てられる。高邁な心とは、理想のもと、信念に生き行く人は・・・そういった低次元の感情に支配されない。
80 橋下 徹(もと大阪市長)天声人語 橋下氏にアクセルはあっても、ブレーキを欠いていた。スピード感も大切だろうが、時に減速して時間をかける知恵も政治に必要だ「改革」のためとはいえ、始終ケンカでは疲れてしまう。問題提起の能力は抜群だったが、話し合って解決する姿勢は乏しい。

81 ディケンズ(イギリスの作家) クリスマスキャロル(祝歌)が第1巻である。スクルージ老人は金持ちで、けちん坊で人付き合いの悪い、いやな人間の典型。夢を見る。過去・現在の自分のクリスマス。最後に未来の自分、死んでいる自分を見る。町の人は喜んでいた。哀れがる者は1人もいなかった。スクルージ老人は心を入れ替え愛される人間になった。人が変わったのを見て笑う者もいた。しかし、老人は少しも気にしなかった。この世の中は、どんな善いことでも初めは、きっと世間の人から笑われるものだということをスクルージ老人はよく心得ていた。
82 福島 智(東京大学先端科学技術研究センター教授) 3歳で右目、9歳で左目、14歳で右耳、18歳で左耳の聴力を失い全盲ろう者となった。一人を大切にするということが社会を大切にすることにつながるということがもっと理解されればいいなと思います。
83 安昌浩(アンチャンホ)韓民族独立の父 力は健全な人格と強固な団結から生まれる
84 武者小路実篤 いかなる時でも自分は思ふ、もう一歩、今が実に大事な時だ、もう一歩、その粘り強い歩みの積み重ねが自分を変え地域を変え社会を変える。
85 勝 幹子 発想の転換 インドネシア人の時間のルーズさに直面したら「ルーズではなく、状況にフレキシブル」に対応できると心の中で言い換える。一方、日本人は真面目でルールを遵守するという考え方も日本人は頑固で融通が利かないと言い換えることができる。
86 千保 理(センボタダシ)常に八割運転で仕事をすることです。常にギリギリで働いていると新しいことをする時間が持てなくなるからです。
87 ゴッホ(オランダの画家) 27歳で画家の道を志す。失恋・病気・仕事での失敗等々。生前2200枚も描いたといわれる絵も売れたのは、たった1枚だった。
88 ルーサー・キング博士 今日も明日もきっといろいろな困難や挫折に直面するだろうが、それでもなお、私には夢がある。
89 泥魚と人生 関羽と劉備玄徳 関羽が劉備玄徳に人間にも幾たびか泥魚の隠忍にならうべき時期があると思うのでございます。泥魚という魚は、日照りが続き河水が干上がると身を泥にくるんでいく日でもころがり水があればたちまち泥の皮をはいで泳ぎ出すという給することのなき魚である。
90 諸葛孔明の宰相としての姿勢 人民を慈しみつつ、掟を示し役人を取り締まるのに臨機の制度により誠心を披瀝し公平な道をしいた。忠義を尽くし、当世に益あるものは仇でも必ずほめ、法を犯し怠慢な者は親戚でも必ず罰した。罪に服し真情を吐露する者は重罪でも必ず許し言い逃れようと言葉を飾る者は軽罪でも必ず罰した。善行はどんなに些細でも必ず賞賛し悪事はどんなに軽微でも必ずとがめた。諸事に細かく気が付き1つ1つ根本について調べる。
90 フランス革命 ルグロ夫人 小間物商を営み、店で縫物をしながら生計を立てていた。1通の政治犯の手紙を拾った。その囚人は25歳の時に政治抗争の犠牲となり実に30数年も獄中生活をしている。牢番が酔っぱらって、うっかり落とした。(ある慈善家に届けて欲しいと頼まれた)。この無実の囚人の救出へ大いなる1歩を踏み出した。そうした夫人の行動に対して親戚や世間からは非難が集中。その囚人は彼女の情夫ではないか?やがて生業も失ってしまった。両親の死、警察の脅迫、ある時は7カ月の身重でありながらパリからベルサイユへと真冬の道を歩いた。数年間にわたる戦いの末、ようやく国王ルイ16世に囚人釈放の請願書が届いた。しかし、王は無情だった。囚人釈放を永遠に拒否するという回答を出した。万事休す。一切の努力は水の泡に帰した。しかし、ルグロ夫人は再び執念の戦いを開始。ルグロ夫人はバスチーユと戦い続けた。そしてついに彼女が最後の勝利を得る時が来た。1784年周囲の声に抗しきれず、とうとうルイ16世は、かの囚人の釈放命令を下した。難攻不落のバスチーユが一婦人の正義の訴えの前に初めてその扉を開いたのである。ルグロ夫人はついに勝った。彼女はこの後、1788年に亡くなった。したがって翌89年のフランス革命の幕開けとなったパリ民衆によるバスチーユの解放は当然参加していない。何より彼女自身が、あきらめの心との戦いの連続であったに違いない。彼女は眼前の障害を1つまた1つと勇気と知恵の力で乗り越え、ついに大事を成し遂げたのである。  

91 1904年日露戦争の時の実話 ある時、日本軍の連隊本部にロシアの将校1名と兵隊1名が捕らわれきた。初めての捕虜であった。そこで1人の中隊長が兵隊たちを集めて捕虜見学を希望するもの手を挙げよと言ったところ、手を挙げた者と挙げない者、ほぼ半々であった。そこで中隊長が見学をしない者に1人1人にその理由を聞いていった。すると1人の兵隊がこう答えた。自分は田舎にいるときは職人であります。軍服を着たからは日本の武士であります。どこのどういう人か知りませぬが、敵ながら武士である者が運拙く捕虜となって、あっちこっちと引き回され見世物にされること、さだめて残念至極でありましょう、と察せられ気の毒でたまりませんから、自分は見学に行って捕虜を辱しめたくありません。中隊長はこの意見を聞いて非常に喜び見学を希望していた者も次々に賛同してついに捕虜見学は中止された。

92 昭和8年 長野県 桐生悠々(信濃毎日新聞主筆) 社説に軍部を批判のため退社させられた。退職後名古屋ー他山の石を発刊する。軍部批判のため発禁につぐ発禁。私は言いたいことを言っているのではない。いたずらに言いたいことを言って、快を貪っているのではない。言わなければならないことを、国民として特にこの非常に際して、しかも国家の将来に対して真正なる愛国者の1人として、同時に人類として言わねばならないことを言っているのだ。言いたいことを出放題に言っていれば愉快に相違ない。だが言わなければならないことを言うのは愉快ではなくて苦痛である。そしてこれがために私は終に私の生活権を奪われたのであった。ジャーナリズムは誰のためにあるのか?あくまでも民衆のためである。何のために書くのか?庶民の味方となるためである。権力を恐れその悪を本気で糾明することもなく迎合に努めるジャーナリズムは、ますます権力の横暴を肥大させ、そのためにいよいよ権力を恐れるようになる。この悪循環の構図が日本の将来を危うくすることを私は強く危惧する。

93 夫婦の絆 夏目漱石「道草」 夫 大学教授 妻 高級官僚の娘 生活が苦しいので夫は少しでも家計の足しにしようと思ってアルバイトをする。そこには妻のやりくりを楽にしてあげたいとの心があった。しかし、彼が稼いだ給金を渡したところ、その時妻は別に嬉しい顔もしなかった。二人の心理は 妻はもし夫が優しい言葉に添えてそれを渡してくれたなら、きっと嬉しい顔をする事が出来ただろうと思ったという。一方夫は妻が嬉しそうにそれを受け取ってくれたら優しい言葉をかけられただろうに、というのである。ある日曜日のこと、外出した妻の帰宅が遅くなった。夫は夕食を1人ですませ、部屋でテレビを見ている。只今 と言ったきり遅くなりましたとも何とも言わない妻の無愛嬌が夫には気に入らなかった。夫はちょっと振り向いただけで口も利かなかったと。夫の心情も無理もないといえばいえるかもしれない。ほんの一言「遅くなりました」と声をかければ夫の心もなごむものを、気位の高さからか、夫との冷淡な関係に心が冷え切っているせいか、簡単な一言が妻の口からは出ない。一方、夫はどうしてもそんことが腹にすえかねて黙り込んでしまう。

94 責任 フローレンス・ナイチンゲール 激務がつらいのではない。悪環境がつらいのではない。志を同じくできない、心を通うじ合うことのできないことへの痛烈な嘆き、多くの人々は、自分の留守中や食事中、あるいは自分が病気で寝ている間は、世界はそのまま静止しているものだと、信じ込んでいるように思われる。その間に病人に万一のことがあったとすれば、それは病人のせいであって、自分のせいではない、とでもいうのであろうか。大事小事を問わず、何かに対する責任を持っているということの意味を理解している人は責任をどのように遂行するかを知っている人という、意味なのであるが男性でも女性でさえもなんと少ないことであろう。上には最大の規模の災害から、下はほんの些細な事故に至るまで、その原因をたどってみれば(あるいはたどるまでもなく)責任をもつ誰かが不在であったか、あるいは、その人間が責任の取り方を知らなかったためであることが多い。周囲を変えるためには、まず自らが成長すること。自分の看護の在り方を改善していくには、自分の心や性格を(日々の生活)の中で改善していこうと真剣に考えるような人にならなければだめ。

95 死の心得 日寛上人 どうすれば死の苦しみに心を乱されず乗り越えていけるか 普段からの用心を促されている。第1は、他人を謗ったりいじめたり、人の心を傷つける行動を常日頃から慎むことである。謗り等の悪い行為が死苦を強めていくというのである。(謗りとは人を悪く言う。非難する、不平を言う、文句を言う。)
 第2は、このわが身が四大(地水火風)の仮に和合したものであるという実相をよく理解しておくことを教えられている。つまり「死」によってわが身の四大が宇宙法界の四大へと帰還し融合していく時、改めて驚かないように覚悟しておくこと。その覚悟によって心を乱すことを妨げるからだという。
 第3は、自分の生命と仏の生命とが同じ1つの生命であると悟れば臨終の平安を妨げる悪業も生じない。そのように確信して修行に励むことが最重要である。つまり正しき信仰と実践を貫いていった人は、死に瀕したさいにも何の憂い痛みも苦しみもない新たな三世への旅立ちができる。

96 ガリ国連事務総長 All or Nothing ではなく是々非々 各国の利害に左右されない国連への変革、平和を実現する仕事は、人の命を救う医者と同じです。これは無理だと不可能を数え上げてもきりがない。偉業を実現するには1つでもよい。何が可能かを探し出しその何かを実行することである。「しかたない」というあきらめこそが進歩の敵なのである。平和は待って得られるものではありません。自ら築き上げるものなのです。

97 スペイン カルロス国王 「キャプテン・ラスト」という言葉がある。船が沈まんとする時、船長は乗員をすべて助け出すために、最後まで船に残るものだ。今の日本の瀬相は、政界も経済界も「キャプテン・ファスト」まるで指導者のために民衆があるかのような転倒がまかり通っているではないか。「私は国民が小さな声で思っていることを大きな声で言う」国王の信条である。

98 マレーシア シャー国王 留学生いわく「日本人は表面はにこやかなのに、うまく飾り立てているようで、本音がわかりません。本当の友人になれないのです。特にアジア人を下に見ているように感じてなりません。日本は今なお、在日韓国・朝鮮人の方々から税金だけ取って参政権を与えず、進路や就職でも差別し続けている。
 アイヌ民族への差別も「弾圧」としか言いようのない非道さである。「思いやり」それは他者への憐れみではない。偏見とエゴイズムに縛られた自分自身からの「解放」なのである。日本の解放はいつできるであろうか

99 中国の江沢民(コウタクミン)中国の格言に「人と交わるには、心で交われ、樹に注ぐには、根に注げ。「根」は目に見えない「心」も見えない。その見えないものを大事にするのが、文化であり真の政治である。

100 コスタリカ アリアス元大統領 国連総会で、私は武器を持たない国から来ました。私たちの国の子供たちは銃さえ見たことがありません。必要なのは軍備への投資ではありません。教育・環境・医療への投資です。安全保障の概念を変えなければなりません。必要なのは、「国家の安全保障」ではなく、より根本的な「人間の安全保障」なのです。

101 宗教改革者ルター 「たとえ明日が世界の終わりの日であっても、私は今日りんごの木を植える。」という内容の言葉をよく使ったそうだ。環境が厳しくとも未来を信じ、今を全力で生きる姿勢を意味している。難局を乗り切る人は、困難に直面しても、いたずらに取り乱さない。諦観や逃避で不安をごまかさず、困難を正しく直視する。そして、今も未来も犠牲にしない行動を貫く中で、立ちはだかる障魔を突き破っていく。M字の言

102 作家ゴーリキ 生き方には堕落か、燃える人生か、の二つしかないー今日も挑戦の道を。
103 トルストイ この人生における疑う余地のないただひとつの幸福は、他人のためにいきることである。
104 プーシキン この世を飾るのは、友情のみ。友情なくして、喜びはない。
105 スチェバンチコヴォ村とその住人 よき時代は天から降ってくるものではなくて、わたしたちが自分でつくり出すものです。それは、私たちの心の中にあるものなのですよ。

105 ネルソン・マンデラ 氏は、よく人の意見を聞く人でした。たとえ相手が言うことに全面的に賛成できなくても、途中で遮ることなく、最後までじっくり話を聞くのです。・・・だからこそ、南アフリカ共和国大統領としてリーダーシップを発揮できたのだろう。

106 童謡詩人 矢崎 節夫 相手の話を聞くためには、自分の位置を相手の立場まで移動させなければならりません。だから「理解する」とは、英語でunder stand下に立つ と書くのです。自分中心ではなく、相手の立場に立つと、とても大切なことが見えてきます

107 人間の口は1つだが、自分が話すことの2倍、相手の話を聞くために耳は2つあるといわれる。「耳」で聞いたことを「心」で受け止める「聞き上手」でありたい。これを実践する人が「励ましの人」である。M字の言

108 椋鳥は椋の実を好んで食べるから椋鳥と呼ばれるようになった 江戸時代、椋鳥は人を指す言葉としても使われていました。どんな人かというと「周りの気配が読めない人」「道理をわきまえない人」です。自分のことさえ良ければいい。相手のことなどどうでもいいと我が物顔に振舞う人です。ムクドリと呼ばれないように振る舞わないといけないという教えに使われました。また、同じような人をクラゲとも呼びました。わっと押し寄せてくるものの海の水が引くとあっという間にいなくなるということです。K新聞より

109 ガールズグループNiziU二ジュ プロデューサーを務めるj.y.parkさん。「いい歌手である前にいい人間であれ」「そのためには真実、誠実、謙虚であること」S新聞

110 交際テクニック 相槌のさしすせそ 話を聞く上で、リアクションや相づちは欠かせません。さすがですね、勉強になります。知らながったです。ステキですね。すごいですね。センスがいいですね。そうなんですね。
 つぶやき褒め 相手から、ためになる話や感動する話を聞いた時に「いやー、さすがなぁー」などと言いながら、あえて目線を外し、つぶやくように相手を褒めましょう。さりげなく出る本音で,相手との距離がグッと縮まります。   S新聞

111 何でも聞こう、学ぼう。誰とでも友達になろうーーこういう姿勢の人は、自身の可能性を大きく伸ばすことができる。反対に、伸ばせない人というのは、慢心の生命が強く、進歩しよう、改革していこうという謙虚な心のなくなった、わびしい人といってもよい。
 「我以外皆我が師」とは吉川英治氏の言葉だが、そういう姿勢に徹するなかに、人間的な深みも力も培われていくのである。I・D全集第74巻

112 映画の評論家 淀川 長治さん 若い頃は人前で話すことが苦手であった。だが、映画から学んだ「他人歓迎」との精神を信条にしてからは。だんだん物おじしなくなった。「話し相手を他人と思わなければ。不思議と言葉はスラスラと出るもんです」

113 人を尊敬する人はまた、人から尊敬される人になります。「人を尊敬する心」が、人類の平和のかけ橋となっていくのです。D・I

114 性格は変わるのか 第二代J・T 川がある。川幅や流れの形は、基本的に変わらない。これが性格である。しかし、泥水が流れ、飲むこともできなかった川の水を、清浄極まりない水に変えることができる。これが信心の力であり、人間革命ということである。自分の性格というのは、いわば個性です。そこに自分らしさもある。その自分のまま、桜梅桃李として、それぞれが自分の個性を最大に生かしながら、最高の人生を歩んでいけるのが、日蓮大聖人の仏法なんです。I先生は自分の性格は、大事な自分の個性ですから、人と比べて卑下したり、羨ましがったりする必要はないんです。梅は桜になることはできないし、桜も梅になることはできません。大切なことは、自分は自分らしく、光り輝いていくことです。信心を貫き通していくならば、人の真似ることのできない、自分らしい最高の魅力を発揮していくことができるんです。

115 事業を成功させるには・・・日々、自分のなすべき具体的な目標を明確に定めて、1つ1つの成就を祈り、挑戦していくことです。その真剣な一念から、知恵が湧き、創意と工夫が生まれ、そこに成功があるんです。つまり、「決意」と「祈り」、そして「努力」と「工夫」が揃ってこと、人生の勝利があります。
 大事なことは、最初の決意を忘れることなく、1日1日が前進であった、勝利であったという、悔いなき力強い歴史を、わが身につづっていくことです。つまり、「今日、何をするのか」、「今、何をするのか」を、常に問い続け、必死になって、挑戦し、行動し抜いていくことです。D・I先生

116 歌手 由紀さおりs21年生まれ 今なお音楽や芝居の道を極めようと進み続けている。そのすさまじいチャレンジ精神の強さは一言に凝縮されていた。「だって辞めるのは簡単だもの」

117 雑草魂 → 雑草は厳しい環境の中でも、たくましく成長する。雑草は、踏まれても踏まれても立ち上がる。と連想しがちだが、実際は立ち上がるばかりではない。何度も踏まれる環境であれば、横に伸びたり、茎を短くしたり、根を下に伸ばしたりするなど、その環境に適応して成長していく。農学博士の稲垣栄洋(ひでひろ)氏は、雑草の優れた力は、変化を乗り越えることにある。踏まれても踏まれても大切なことを見失わない。これこそが本当の雑草魂なのです。 名字の言

118 トルストイ 人生とは、変化し、成長し、限界を広げることである。
   ナポレオン 真の英雄とは、不幸を乗り越える者

池田先生 何事も「まず祈る」ことです。また、結果が出るまで「祈り続ける」ことで
     す。自分に負けて、決意が薄れていく場合もある。思い通りにいかず、焦る
     場合もある。けれども、ともかく唱題し続けていく。そうやって持続した人は
     最後には必ず、自分自身にとって「これで一番よかったんだ」という、価値あ
     る「最高の道」「最高の峰」に到達できる。

119 名字の言 歴史家カーライルが「フランス革命史」第1巻を書き上げた時のこと。友人の哲学者ミルが書評を書くために、原稿を借りた。ところが、ミルのお手伝いさんが、原稿を不要な紙と勘違いして焼却してしまう。数カ月に及ぶ執筆の苦闘は、一瞬で灰と消えた。それでもカーライルは、謝罪に来たミルを懸命に励まし、翌日には重ねて「友よ、元気を出すんだそ!「ぼくは再びそれにかかる」と手紙に綴った。実際には、カーライルの落胆は大きく、何も手につかない日が続いた。だが「第一に貴いのは、この艱難を耐え再び筆を執ること」と奮起し、半年後に再び原稿を完成させた。この出来事を通して、内村鑑三は記した。「不運にあっても事業を捨ててはならぬ。勇気を起こして再びそれにとりかからなければならぬ」。人生には思わぬ難局はつきもの。その運命を引き受け、周囲を励ましながら、不屈の一歩を踏み出す。そこから、「勝利の自分史」は紡がれる。

120 名字の言 報道番組でキャスターを務めた国谷裕子(くにやひろこ)さんが映画俳優の高倉健さんにインタビューした時のこと。事前に出演映画を見続け、資料も大量に読み込むなど万全の準備で臨んだ。しかし実際の場面では、いくら質問を重ねても、短い答えが返ってくるだけ。そこで彼女はある覚悟を決めた。それは、話が途切れても、相手が話始めるのをじっと待つこと。すると17秒の沈黙の後、静かに高倉さんが話し始めた。沈黙は「高倉さんにとって自分の話すべき言葉を探している大事な時間だった」と国谷さん。待つことも聞くことにつながると。
 会話が途切れると、つい言葉を発したくなる。だが相手は、伝える言葉を必死にまとめているのかもしれない。言うに言われぬ苦悩を抱えている場合もあるだろう。表情の微妙な変化や声の調子に気を配り、相手を最大に尊重する。「目」と「耳」と「心」で聞くことを大切にしたい。
 池田先生は「聞いてあげること自体が、仏法で説く慈悲の実践。「抜苦与楽」の「抜苦」となるのだ。友の幸福を真剣に祈りながら、どんな相手をも温かく包み込む「聞き上手」でありたい。脚光もな。喝采もない。それでも、自分が決めた使命の舞台で、あらんかぎりの、獅子奮迅の力を出し切って、勝利の金字塔を、断固、打ち立てていく。その人こそが、最も偉大なのである。

121 ナイチンゲール 私の辞書に諦めという言葉はない。人生は闘争。自分の前の一歩一歩を勝ち取って行かなければなりません。価値ある事業は、ささやかな、人知れぬ出発、地道な労苦、向上を目指す無言の、地道な苦闘といった風土のうちで、真に発展し、開花する。年ごと、月ごと、週ごとに「進歩」を重ねていないかぎり、あなたは「退歩」しているのです。

122 現役最年長 三浦知良 人は挑戦をしないと衰えていく。筋力も心のありようも。「年甲斐もなく」など考えず、挑み続ければいいんだ。プロ36年目、54歳

123 宇崎竜童 50年近くロックンロールにこだわり、作曲家、俳優としても活躍。75歳の今、新たな目標が見つかった。医療機関への募金を呼びかけ47億円を集めて100歳で逝った英国人を知り、あこがれたという。あと25年間本気で曲を作って、僕ら夫婦には子供もいないので、最期には医療機関や貧しい子供に寄付したい。

124 タレントの芳村真理 85歳。夫を約10年間介護し、2018年にみとった。好きな仕事を続けていることが「一番の心のハリ」と語る。新たなことに挑戦しようと、事務所にも入った。時代の最先端で活躍する人にインタビューをしてみたいそうだ。「モタモタしていちゃいけない。もっと自分自身を磨かなきゃ」「いくつになっても社会とつながる生活をすることが、充実した毎日を送るためには大切」

125 文豪 ゲーテ さあ、うなだれるのはよしたまえ。そしていつも前を向いて生きたまえ。他人の長所について考えることに慣れると、知らぬ間に自分の長所も明らかになる。きょうできないことは、あすもできない。一日もむだにはすごせない。決心して、敢然と時を逸せず、できそうなことの前髪をひっつかむんです。決心したからには離すことをしない。そこでいやおうなしに仕事ははかどる。

126 弁護士に対する先生の指導 邪悪を正す冷徹な知性たれ。苦しんでいる人に同苦し、祈り、励ますことのできる妙法の法律家たれ。親友に対し、苦しい思いがあっても、涙を流しながら、僕は必ず人間勝利の詩を、歌ってみせるから、親友よ、君の自分の悲しみに負けず、君の生活の課題を、立派に乗り越えてくれ給え。

127 香港SGI フォン ソウボーさん 先生の指導→仏法が教えるのは、人生劇の「脚本」を書くのも、「演じる」のも、自分自身だということである。他の何ものかが、脚本を書くのではない。自分が書いて、自分が名優として演ずる。これが「一念三千」の法理にこめられた、きわめて積極的な人生の哲学である。創価女子短大卒業式でのメッセージ。自分自身を楽しみむこと、自分自身に満足すること、すなわち「ああ、私は、この生き方でよかったのだ」と自分自身に、心から言いきれる喜びにこそ、確かな幸福がある。

128 先生の指導 中途半端な自分自身。「本当に、心の底から『こうしたい!』『必ず、必ず、やりとげてみせる!』と決意できたら、半分できたようなものだ」。振り返ってみれば、自分に向き合うのを避け、問題の原因を外に求めていた。うまくいかないことを、全て環境や人のせいにしていた。全部自分の決意次第なのに。戸田先生の指導 苦労というものは、次から次へと、よく続くものだ。これからも、苦しんでは解決していくだろう。それが信心の力であり、信心の証明なんだと。一流にふれることは、自分が一流になる第1歩である。

129作家井上靖君の師匠は、池田先生だろ?はい、池田先生が、どう思われるか分かりませんが、私は、そう決めています。間髪を入れずに、氏が言った。そうなんだ!人生の師匠というのは、お稽古ごとの師匠とは違う。学校で習っているから師匠ーそんな平板なものでもない。自分が『この人だ』と決めれば、その人が、自分の人生の師匠なんだよ。

130 先生の指導 仕事 目の前の証拠、すなわち信心の実証を示すことが、いちばん説得力がある。雄弁に、妙法の正しさを教えられる。ゆえに、生活で勝たねばならない。人生に勝たねばならない。

131 シモン・ボリバル コロンビア・ベネズエラ・ペルー・エクアドル・ボリビアを独立に導いた「南米の解放者」の一人。たじろがず、信念をもって戦うのだ。人間がなしうる最も素晴らしいことは、人に光を与える仕事である。勇気は不幸に終止符を打つ。大切なのは「勇気」である。あと一歩、もう一歩と自身の限界を乗り越えて進むところに勝利の道は開ける。指導者は他人の意見に耳を傾けよ。栄光とは命令することではなく、偉大な善徳を実践することである。師匠ロドリゲスはボリバルに言った。大切なことは、行動を起こすことである。

132 先生の指導 尊敬は尊敬を生む。軽蔑は軽蔑を生む。自分が変われば、相手も変わる。ほめたたえていくことである。大誠実で「尽くしていく」ことである。心が小さい人は、人をほめられない。それではいけない。「ありがとう、ありがとう」「ご苦労様」「立派だね」「すばらしいね」と、積極的にほめたたえていける指導者は偉い。ほめるのは「おだてる」のとは違う。誠意をもって。希望と張りを与え、その人が喜んで活躍できるようにしていく励ましである。

133 ラジブ・ガンジー首相 子供たちに言い聞かせていたことは、常に全力で挑戦せよ。何事をやるにも、中途半端でやめて「もう、これで十分だ」と言ってはいけない。つねに最善を尽くしたうえで、さらに、もう一歩、努力していくのだ。これが一流といわれる人の勝利の方程式である。これは、たんなるランニング競争でも同じだ。最後の、ひと踏ん張りが大事なのだ。心臓が張り裂けそうになるかもしれない。だが、それで初めて、競争相手より前に出ることができるのだ。負けずに全力で挑戦していくか。それとも、中途半端で、あきらめてしまうのか。勝者と敗者、賢者と愚者はここで分かれる。賢き人は絶対にあきらめない。どこまでも「挑戦」「求道」の人生を進み続ける。

134 漫画家 棚園 正一 自分が勇気をもって1歩踏み出そうと決めた時を新たなスタートと定めてきました。大切なのは実際にできたかではなく、挑戦しようという気持ちを持てたかどうか。たとえ長く続かなくても気にしない。いつだってやり直しはできます。

135 エレノア・ルーズベルト 歴史の光に照らしてみても、恐れるよりは希望をもつ方が、やらないよりはやる方が、より賢明なことは明らかである。それに、そんなことできるわけがない、という人間からは何一つ生まれたためしがないということも、動かすことのできない事実である。同じ人間であるゆえに、胸襟を開いて語れば。必ず分かり合える。お互いの相違点ではなく、類似点を見つめ、眼前の一人、新しいひと、と心を結び続けた。勇敢に張り切って、夢をもって生きるように、さらに苦労を避けるのではなく、挑戦を引き受けて立つ、ように訴えてやまなかった。私たちが強く願い、その実現のために行動するならば、変革できない分野などないと確信しています。

136 池田先生 心の置き方ひとつで決まる。「楽観主義で生きよう」と決めれば、逆境も苦難も、人生のドラマを楽しむように、悠々と乗り越えて行くことができる。心の窓を大きく開いて、希望の青空を仰いで生きることだ。「明日はきっと、よくなる!」と。

137 高杉晋作 「困ったという一言だけは断じて言うなかれ」。困ったと嘆いて立ち止まっていても、何も始まらない。前へ踏み出してこそ、人生も時代も動き出す。「人間、窮地におちいるのはよい。意外な方角に活路が見いだせるからだ。置かれた境遇を嘆いていても、何も変わらない。つまるところ、人生は心の持ち方一つで決まる。まず飛び出すことだ。思案はそれからでいい。

138 エミール・ザトペック(チェコ) 陸上競技に、かつて10年以上にわたって長距離界のトップに君臨し、複数の種目で世界記録を18度お塗り替えた。荒々しい呼吸で、後続をけん引するようい走ることから、付いたあだ名は「人間機関車」。だが彼は、決して ”機関車” や超人だったわけえではない。専門家から見れば、その脚力はとても世界に通用するものではなかったという。 練習時には真っ先にグランドへ行き、いつも最後まで残るのがザトペックだった。速さと持久力を鍛えるため、短距離走を反復するトレーニングを実践。「人間、ゴールにとびこむ前に決してあきらめたり、自分に疑いを抱いてはならぬ」との信念で、常に全力を尽くすことを心がけた。その中で次々と自己ベストを更新。国内外の大会で優勝し、五輪ではロンドン(1948年)の1万mに続き、ヘルシンキ(52年)の5千m、1万m、マラソンの3種目で金メダルに輝く快挙を成し遂げたのである。

139 池田先生の指導 バニスターを通して 勝負の世界は、 ”心の壁”との戦いです。最高の努力をするために、心を強める最高の祈りをするのです。限界まで努力したら、また祈って限界を突破する努力を重ねていくのです。大事なことは、具体的に、そして強盛に祈ることです。的を狙わずに弱弱しい矢を放っても当たらない。何とかなるだろうでは、何ともなりません。『なんとしても!』という、ひたぶるな祈りこそが、実を結ぶ。全身全霊をかけた祈りが、ご本尊に通じないわけがないのです。

140 王貞治 世界のホームラン王として知られる王貞治さん。その王さんでも最初は苦労した。デビューから10試合無安打で、「王は王でも三振王」とやじられた。その後は巨人の荒川博打撃コーチの指導の下、独自の一本足打法を生み出し、前人未到の通算868本を放っている。王さんいわく「努力は必ず報われる。もし報われない努力があるのならば、それはまだ努力とは呼べない。常に全力を尽くすことを信条としてきた人物らし。」心に留め置きたい言葉の1つだ(南海天地)